クマさんのバイク専科

デビ夫人とお友達だったんだ!

フランスのパリに在住だった加藤一画伯、自転車レースの一瞬の動きをモチーフとした油絵の抽象画で知られています。この人の経歴は異色で、元競輪選手でした。引退して、日本のナショナルチームの監督としてフランスに遠征して、自転車の世界選手権が終了して、日本チームが帰国するときに、一人チームを離脱して、プロ自転車競技連盟とのトラブルを起こしましたが、パリで画家として暮らすようになりました。

 

先週、デビ夫人の特集番組があって、パリ亡命時代のお話が紹介されていました。なんとパリで知り合って、家族ぐるみでお付き合いしていた日本人家族があると、古そうなカラー写真が映し出されると、見覚えのある人でした。なんと、プロフィールによると、元自転車乗りの画家と紹介されました。間違いなく加藤一さんだ。自転車業界での通称はカトピンさんです。パリで画家のサロンに油絵の抽象画を出展するようになって、どのようなプレステージだかは詳しくは知りませんが、賞を獲得しているようです。自転車乗りの画家、自転車競技をモチーフとした抽象画を描く絵描きとして知られるようになりました。

 

90年の日本での自転車競技の世界選のシンボルマークなども手がけているし、自転車競技の抽象画を日本の自転車屋さんへ持ち込んでセールスプロモオーションしていたようです。老舗のサイクルショップで加藤画伯の油絵を見かけることがあります。加藤さんの日本での活動拠点は、赤坂のホテルオークラでした。メインロビーのふかふかのジュータンの上を、シュープレート付きの黒い革製バイクシューズを素足に履いて、ビットーレジャン二のウールのバイクパンツに、真っ白なTシャツ姿で、傍らにはロードバイクを転がして歩いていました。このホテルの1階の駐車場に面したお部屋に住んでいたのです。

 

ロードレーサーで日比谷公園の周りや皇居の周りを、朝や夕方に走っていました。自転車乗りだった作詞家の永六輔さんとも仲がよく、オークラの有名な間接照明で薄暗いラウンジで会っては、洗いざらしの作務衣に雪駄姿の永さんと、パンタロンにフランネルのシャツ姿の加藤さんが、小さなテーブルを挟んで何時間も話していたのを収録して、自転車に関するお話しを、1冊の単行本にまとめています。

 

デビ夫人はインドネシアの大統領だったスカルノに19歳の時に東京で出会って、結婚のためにインドネシアへ移住します。日本からの戦後賠償が行われていた時期で、スカルノの独裁政治になって、日本からの復興資金を日本側の窓口の政治家や企業と私物化して、デビ夫人との結婚から8年目に軍事クーデターでスカルノ大統領は解任されて、軟禁状態となります。インドネシアの軍事政権は、本来だったらインドネシアのインフラ整備などに投資されるはずだった資金の回収に取り組みました。スカルノが隠匿した莫大な財産の行き先の追求を厳しく行いました。スイスの匿名口座、不動産など、政治的な取引が行われて次々に回収されています。身の危険を感じたデビ夫人は、娘のカリナさんとフランスへ亡命します。

 

パリにアパートを借りてデビ夫人はカリナさんと暮らすようになります。その時、加藤画伯もパリにアトリエとマンションを構えて広告代理店に勤める奥様と娘さんと生活していました。パリで知り合った加藤家へデビ夫人もカリナさんも出入りするようになって、親しくなったそうです。デビ夫人のお気に入りは、加藤画伯の吹き抜けの明るいアトリエで、何度も通ったようです。アトリエにはジェミニのフィクスドギヤやルネエルスのクルスルートが、壁に止められたポールにぶら下げられていました。加藤さんは時々パリ市内の公園やロンシャンへ走りに行っていました。

 

お気に入りのバイクは、前後にカンパニョーロのレコードサイドプルブレーキをセットした、フィクスドギヤのバイクでした。元競輪選手ですから、固定ギヤのパワーロスのない走り出しが好きだったみたいです。フランスのスールメジュールの自転車工房の技量や特性はよく知っていて、あそこも、ここも、熟練の職人がいて、体を採寸してもらってオーダーしてみたいと言っていましたね。日本では東叡社のフレームに乗っていました。ちなみに東叡のヘッドエンブレムは加藤さんのデザインです。

 

加藤さんには、ヨーロッパでUCI登録したプロ自転車チームを運営していた時にお世話になりました。フランスに日本人会があって、日仏会館や交流の基金を作ったり、バロン薩摩とか得体の知れない日本人の怪物が活躍していたんだよと、いろんな場所を案内してもらいました。加藤さんは75歳で亡くなられましたけど、UCIの理事などを経験されて日本チームをサポートしていました。阿部、中野など競輪選手たちの世界選のスプリントでの活躍を喜んでいました。フランスで、日本のプロチームとしてレース活動していた時に励ましの声をかけていただきました。懐かしいな〜。