クマさんのバイク専科

「平和だから走れるんだよ!」という言葉がしみる

忌野清志郎さんはオレンジ号のクランクをくるくる回して黒姫高原の上り坂を走りながらふと言った。「平和だから走れるんだよ」。確かに戦争や大きな事故や災害があったら、ふんわり気分でライドを楽しく走ることなんかできない。世界を見渡して見れば、アフガン、チベット、シリア、トルコ、パキスタン、インド、イスラエル、エジプト、インドネシア、イラン、イラク、アフリカ諸国で、影にはロシアやアメリカや中国が見え隠れしている。いまだに紛争が絶えず起こっているが、日本にとっては対岸の家事だが、中東で火の手でも上がれば、日本の化石エネルギー供給の危機が起こって影響があるのは必定だ。日本は海に取り囲まれていて、近くにはイデオロギーの違う超大国が横たわり、軍備を拡張したり経済力で圧力を高めている。もちろんミサイルを撃っては挑発している国もある。条約を結んでも守らない国もある。心から油断できる状況ではないので、平和ボケしている場合じゃないだろう。

 

3・11の日がそうだった。新宿の高層ビルの谷間にある駐車場であのグラグラが止まらない時間を経験して、高層ビルがフラフラと揺れているのを目撃して、ここへ倒れ込んでくるのではと恐ろしくなって鳥肌が立ったのを忘れない。駐車場に立って警備していた人は、悲鳴を上げながら、ゴソゴソと動く駐車している車の間を辿って出て来て、ジュラルミン製の照明灯にしがみついていた。滑稽と言えば全くそうにも思えるけど、グラグラがあまりにも激しく続くので驚きもした。

 

人間の力ではどうにもならない現実を、突然突きつけられて、平和ボケした人間にもちょっとは残っている、動物としての本能的な危機感のセンサーは、大地に揺さぶられながら振り切れていて、車の運転席に座ったまま、足を踏ん張って緊張した。ここでビルの下敷きになって死ぬかもという思いが湧き上がって、気持ちが高ぶって普通には物を考えられなくなったのと同時に、脂汗がジワリと出て気持ち悪かった。決して平静ではいられなかった。有料駐車場のゲートは5分ほどで解放された。壊れたビルもなく、道路のひび割れもなかったが、駐車していた車が、駐車スペースを示す白いラインから、あちこちではみ出していた。急いで、まだゆらゆら揺れている高層ビルを見ながら逃げ出した。

 

なんの意味もなく、考えもなく、新大久保方面に向かって車を走らせていた。信号が点灯していない交差点もあった。どうも、場所によって停電しているらしいことがわかった。少し冷静になったのかガソリン残量が気になった。とりあえずセルフのスタンドで満タンにした。コンビニに寄ってパンとおにぎりと、大きなペットボトルの水を何本か手に入れた。ラジオをつけると大地震が東北地方で発生して、津波の発生が警戒されると、海岸線からの避難を訴えていた。しばらくすると10mを超える津波が押し寄せて、海に近い街を飲み込んで、川を逆流して係留していた船も押し流し、内陸の街並みを押し流しているという。悲鳴のような現場からの中継が行われている。

 

それでも、画面がないので事態をはっきり認識することができない。ローカルニュースを調べてみると、土曜日のライドと、日曜日のライドのために、これから行こうとしていたつくばも被害があったようだ。常磐高速も首都高速も閉鎖されていた。仕方がないのでカーナビをショップと一般道にモードをセットして、6号線を遡ることにした。車は流れていたが、電車も止まっているので、歩道を大勢の人が郊外へ向かって歩いているのが異様だった。つくばの水道施設が破壊されて、数日とか数週間は復旧できずに断水状態になりそうだという。車で移動しながら知り合いに水を届けようと考えた。

 

車のガソリンの確保も考えた。きっと供給が途絶えるだろう。手に入らなくなれば車で移動できなくなる。道沿いのホームセンターに立ち寄って金属製の燃料タンクを2つ手に入れた。セルフでの給油は違法だが、スタンドのスタッフに給油してもらえる。緊急事態だから仕方がない。満タンで、さらに40Lを確保できたから約事故1000km走れる。。つくばからの帰りに立ち寄るつもりで、同級生の経営している新大宮バイパス沿いのスタンドに電話して、レギュラーガソリン50Lを確保してほしいとお願いした。これで省エネ運転すればつくばでだいぶ動けるようになった。

 

パソコンを開いて、水のサーバーを販売しているお店を検索して、立ち寄って大きなサーバーのタンクに入った水を5本くらい買うことができた。もちろんドラッグストアでアルプスの天然水の6本入りの箱も2つ手に入れた。こっちの方が使い勝手がいいからね。水海道のあたりまでくると、停電している場所が増えて来た。コンビニはレジが止まっていて、電卓で精算していた。かなり棚の商品は減っていて、パン類が品切れ状態になり始めていた。つくばでは断水になっていて、水を中心にコンビニもスーパーもドラッグストアも品切れになっていた。

 

街に近いスーパーでは品切れが目立っていたが、下妻のスーパーに足を延ばすと、まだまだ品物が豊富だったので、そこでパンやカップ麺、野菜や果物を仕入れて、つくばの知り合いたちに届けて廻った。ホテルに着くと停電だったがライトとローソクを受け取って、屋上のタンクに水は確保されているらしく風呂にも入れた。それでも、建物の倒壊などの被害も見られなかったので、緊張感もなく桜運動公園へ車を止めて、バイクを組み立てて走り始めると、驚くべきことになっていることを発見した。スタートしてすぐに橋と道路の段差が90cmくらいになっていたのだ。バイクを降りて橋を渡った。

 

向こう側にたどり着くと、橋と道は5mほど横へずれていて、段差は1m以上あった。危険を示すパイロンもテープもまだ張られていなかった。これでは車は通れない。でも前に進んだ、やはりどこか平和ボケしていたのだろう。最近はもうそういう異常な情景を忘れかけてまた平和ボケしていた。日曜日には原子力発電所で水素爆発があったが、メルトダウンが始まってカプセルが壊れていたのは隠されていた。これが放射能漏れ事故隠し、自治体への報告遅れを繰り返して来た、電力会社のやり口なのだ。

 

清志郎さんが心配していた放射能汚染はついに現実となって、放射性物質が柏あたりまで飛来して異常値を示した。テレビやラジオでは盛んに放射線の単位の解説が行われていたが、今ではそんな情報のかけらも記憶として残っていない。でもさすがに外を走っている場合じゃないことは理解できた。原子力発電所のリスクや放射能汚染物質の行き所のなさが露呈した。もちろん誰もが最終処分場を受け入れたくないので、補助金ごとくでは誰も受け入れに手を上げてはいない。

 

では、黒い大きな袋に入って放置されていた汚染土壌はどこに消えたのだろう。ヒントは大規模な4車線もある不釣り合いな道路網の整備だ。急遽決められた道路の整備の補助金の交付だった。黒い袋は資源ごみ扱いに変更されて、道路の下へ土台になる土として埋め込まれているのだ。道路を回収して使用し続ける限り、汚染物質を入れた袋は、いつの間にか資源ごみに変身してしまって、県外の最終処分場へ搬入しなくていいのだ。もちろん最終処分場は無いんだけどね。だから福島県や宮城県には、何でこんなところにという場所に、立派な4車線道路があるのか首を傾げることになるのだ。

 

日本が戦争状態に最も近いのが北朝鮮の問題だ。戦後賠償も行なっていないし、平和条約もないし、拉致問題だって残されている。すでに日本列島を飛び越えて行くミサイルも保有している。もう直ぐアメリカにも直接ストライクできるやつもできるだろう。潜水艦も保有していて、アメリカ近海から潜水艦発射ミサイルで狙っているかもしれない。ピンポイントで原発でも破壊されたら手のつけられないことになる。清志郎さんは北朝鮮の歌も、原子力発電所の危険を指摘する曲を作って唄っている。テレビのスポンサーは電力会社もある、推進派の政治家や政党とも、なんらかのことでメディアへの影響力を握っている。ということは提供する番組には出れなくなる。北朝鮮に触れたくないスポンサーやメディアもある。

 

だからそんなことを忖度していたら自由にメッセージ性のある歌を唄えなくなる。セットリストを提出してもこれでいいと言ってもらえないこともあったようだ。清志郎さんに微妙なその辺りを聞いて見たことがある。「自分の子供の世代に影響があることだから、親として心配したり、改善したいと思うのは当然だろう」という。「仕事を確保するのも重要だけど、言いたいことが言えなくなることの方が恐ろしい。それは平和にもつながることなんだ」、と言っていた。テレビ局のプロデューサーが、最も生放送で使いたくないロックンロラーとはこういう人なのだ。ではでは。