クマさんのバイク専科

ジャン・クロードキリーを見た

ワールドカップスキーの写真を撮り続けているカメラマンの一瞬を切り取った写真が素晴らしかった。その人にアシスタントカメラマンとして付いて行ったのだ。実は運転手なんだけどね。日本からFAXで正式にプレスとして申し込んでいた。空港でアウディのクワトロを借りて会場へ向かって、細い雪の積もったくねくねの山道を運転して、主催者のプレスレジストレーションのあるホテルへ入った。国際プレス証とパスポートを見せて無事にビブスを受け取った。その頃のフランスのスーパーチャンピオンと言えばキリーだった。早速ゲレンデに行ってフランスチームのテントを見つけていくといない。

 

コースを見にいくと見つけた。ダウンヒラーだと思っていたら、回転系もスラローム系も早かった。直線に入ると独特の卵型のクラウチングスタイルのフォームになって加速していく。大きいアールの高速コーナーでも、すきあらばクラウチングスタイルに入って空気抵抗を減らそうとしている。バランスを崩すとこの姿勢ではリカバリーが難しいフォームだ。直線の高速域ではストックを抱えて、後ろに揃えて徹底したエアロフォルムをキープだ。

 

高速コーナーではスキーが暴れても腕を軽く広げて、ストックの先端が雪面に軽く引っかかるくらいで、余裕を持って曲がっているように見える。だけど、どの選手より早いタイムで通過している。雪の粉のキラキラ光る舞い上がりの量も少ない。エッジの使い方が違うみたいだ。キリーが帰ってくるとフランスチームのジャケットを着たコーチが駆けよって来て、スキー板とストックとゴーグルに、ヘルメットに入ったグローブなどのマテリアルが、ワックスマンへ手渡されると、1つ1つの状態を点検していた。

 

タイムキーパーが区間タイムとかフィニッシュタイムが記入された、ロンジンの3連のアナログストップウオッチが付いたボードを差し出していた。ボードにはストップウオッチのホルダーがあり、長いシングルプッシュレバーで時計を操作できるらしい。フランスチームはインカムを全員が腰にぶら下げていて、遠いところにいるスタッフとはハンディタイプのモトローラの高出力トランシーバーで話していた。フランスチームのテントにスキー板の供給元のスタッフが集められた。キリーとつきっきりでゲレンデを歩いていた、コースインスペクション担当のコーチも呼ばれている。

 

フランスのスキーメーカーのジャケットを着た3人の他に、イタリア人ぽい、ジャケットにブランドが小さく入ったエンジニア風の人が加わっている。キリーも来てスキー板が10セット近く並べられていた。よく見るとナンバリングされていて。例のタイムボードの紙にもタイムの後に板のナンバーが書かれていた。

 

スキー板にはそれだけでなく、滑走した回数がマジックで線を引かれていた。滑走回数はどうも板の性能や寿命に関わることらしい。今回のタイムを確認したスキー板へ近づくと、メーカーのエンジニアらしいスタッフが、キリーが持って帰って来た板へ線を一本書き入れて「フィニート」と言ってテントの柱へ立てかけていた。なんだやっぱりイタリア人じゃないか。プレスのフルアクセスのビブスを着ていたので、結構中に招き入れてくれて、ワックスを溶かすガスコンロで温めたココアをご馳走になったり、ポタージュスープを飲ませてもらったりサンドイッチをいっぱいもらった。各チームのテントの中まで見せてくれたし。スキー板のロゴやワックスメーカーのロゴを入れて、選手の写真を撮れ撮れと広報担当者が言ってくれた。

 

すると、さっきのイタリア人が他チームのテントへもやって来て、スキー板のチェックを始めたのだ。ブランドロゴを見るとさっきのフランスチームとは違うブランドだった。どうして他チームのスキーをいじれるんだこの人という疑問が浮かんだ。ボンジュールと挨拶して、疑問をなげかけると、あっさりと答えてくれた。これ全部うちの特注品なんだというのだ。イタリアの手作りスキーメーカーの製品だという。そこの開発エンジニアなのだそうだ。

 

スキー板の素材はカーボン、ケブラー、ノーメックスハニカム、アルミ合金、スチール板、グラスファイバー、熱硬化型のプラスチックやエポキシ、ガラスコート剤、それに30年も40年も寝かせた貴重な木材だというのだ。木材には寿命があって、何度も滑るとヘタってくるので滑走回数をチェックしているという。同じように板を埋め込んでも、天然素材だから、振動吸収性能に差があって、接地感とか、反発力とか選手が好みの乗り味があって、何度もコースを滑ってデータ採りと、選手の感じたフィーリングを聞いて本番用の板を時間をかけて選定していくのだそうだ。

 

単純にスキーワックスの塗り方や対応温度や雪質の変化に合わせてワックスを変えているわけではないようだ。どれをどう設定したかだけでなく、板の特性や寿命を考えてスタッフ全員に状況をわかるようにナンバリングして、ローテーションして管理しているのだ。その中でお気に入りの1台を本番用に温存して、ワックスマンとビンディングメーカーの人と一緒にコンディションを整えておくのだそうだ。1000分1秒を争う、すごい世界だな〜。ではでは。