クマさんのバイク専科

グレッグ・ウエルチとシャン・ウエルチ

ハワイのビッグアイランドで開催されるアイアンマントライアスロンは、10月の満月に近い日曜日に開催される。スターチはカイルアコナの桟橋前だ。世界各地で開催されたアイアンマンシリーで、出場権を獲得して参加しているのだ。エントリーフィーは5万円くらいだ。賞金のかかったプロクラスと、表彰だけのエイジクラスがある。スイムスタートの桟橋のバイクトランジット近くのホテルの庭で、ウエルチ夫妻に会った。2人ともトップ10に入るプロトライアスリートだ。その頃、ハワイのフラットなコースに合わせた26インチバイクが大流行していた。

 

海岸線のここのコース独特の台風のような強風、コナウインドが吹く可能性が高い、その空気抵抗を避けやすいのか、踏み出しが軽いからなのか。カイルアコナの桟橋にバイクトランジットが設定されているので、レースの前日の土曜日の夕方にはバイクを搬入するルールなので、2000台に近い参加者のバイクが並んでいるのを見ると、その年のトライアスロンバイクのトレンドがわかるのだ。

 

カンタナルーの26インチバイクのシェアが異常に増殖していた。ウエルチ夫妻はドイツのアンサーフェルトというブランドにスポンサードを受けていた。フレームチューブはアルミ合金の加工技術で定評があり、アメリカの金属バットメーカーとして有名なイーストン製だった。MTBのメーカーとしても有名で、26インチホイールの超肉薄アルミフレームはワンオフのプロトタイプだった。すでに2人が実戦投入して成績を出しているので発売寸前の製品だった。ティグ溶接のビードも美しく、ホリゾンタル設計で、シートステーは少し低めの位置に溶接されたエアロを意識した集合ステーだ。

 

ホイールは26インチのジップカーボンディープリムだ。もちろんフレームの設計はDHバーポジション対応で、前乗りポジションのために77度シートアングルだった。フロントフォークはイーストンのカーボンでストレートブレードだった。グレッグはMサイズでダウンチューブとシートチューブにボトル台座があって問題ない。ところがシャンのフレームサイズはSで、シートチューブにはボトルケージ台座がなかったのだ。メーカーが付けていないのにはなんらかの理由があるはずで、サイズが小さくてボトルケージにボトルが収まらないのか、フレームチューブの肉厚に強度の問題があるかのどちらかだと思った。

 

グレッグのマネージャーから担当者を聞いて、ハワイからフェルトへ問い合わせると、ロングボトルが収まらないのでボトル台座を省いているという。アルミの肉薄チューブの強度の問題なら、プラスチック製のバンド止めのボトルケージを固定すればかっこは悪いが機能は果たす。FAXでシートチューブの肉厚分布がわかる図面を送ってもらって、溶接による残留応力がないか、肉薄でボトルケージ台座を通す穴が亀裂のきっかけにならないかを検討して、現物のシートチューブを叩いて肉厚分布を確かめて、ここなら穴を開けても大丈夫という場所で、ボトルも収まる場所を探り当てた。

 

5mmの08のアルミ合金製のポップリベットと、取り付ける工具を持っていたので、ウエルチ夫妻にフレームチューブの図面を見せて、を見せて、1、2mmで肉厚は十分なので、ボトル台座の穴を開けて、ポップリベットとシートチューブの内部に強力な接着剤を塗って、差し込んでカシメ止めすることを提案した。カーボンフレームのボトルケージ台座の作り方と同じ方法だ。これならアルミの電気腐食による劣化も起こらない。アイアンマンは180、5kmのバイクだし、日中の気温も高いのでボトルは2本あったほうがいいので切実な問題だ。カイルアコナのスタート地点にあるホテルの部屋でエアコンを効かせながら作業した。

 

穴を開ける場所がずれないように、ポンチでセンターを決めて、ボッシュの充電式のドリルで小さめの穴を開けて、ポップリベットがギリギリ通せる大きさにテーパーリーマで慎重に広げて、固定するまでに20分くらいかけて、ドライヤーで過熱させて接着剤を硬化させて、ボトルケージを取り付けて作業を終了した。

 

作業代をもらうより、ランコースになる海岸通に横浜というお店があるので、そこで一緒に美味しいお寿司を食べさせてもらった。ウエルチ夫妻はレースを無事に完走して、わざわざ部屋にお礼を言いにきてくれた。次のレースは彼らの母国のシドニーで開催されるプレオリンピックに当たるワールドカップだという。51、5kmにもチャレンジするのだという。

 

シドニーにはナショナルチームのメカニック兼バイクコーチとしての出張だった。シドニーオリンピックと同じコースでの大会だった。オペラハウス前のシドニー湾を泳ぎ、オペラハウスの駐車場をバイクスタートして、丘へ一気に上って、左へ大きく曲がりながら下って、公園内の10m幅の道を周回するコースを、40km走る7周回のコースレイアウトだ。このコースをバイクで走って選手にコースインスペクションするのが仕事だったので5周ほど走ることにした。すると後ろを走っていたのがウエルチ夫妻だった。挨拶を交わすと何をしているのと聞かれて、コースの確認だと、スタートからの距離と路面状況をイラスト入りで描いたメモを見せると、なるほど言って、一緒に走ろうという。

 

集団走行の動きを予測しながら安全な走行ラインを思い浮かべながら走って、ここではダンシングで加速すると有利になるポイントをダンシング格好の絵を入れて、段差や車の速度を落とすかまぼこ舗装にはブレーキングポイントを記入した。コーナーの砂埃も一応記入しておいた。カフェを見つけて休むことにした。グレッグに走った感想を聞くと高速コースでテクニカルで、公園の道路が荒れていてスリッピーという。26インチホイールだから後輪タイヤをスリップさせやすいのだ。よく見るとアンサーフェルトの設計が変わっていた。シートアングル75度なのだそうだ。

 

メモを見せてくれと言われて、ブレーキングポイントや、変速ポイント、ダンシング区間、高速コーナーの集団での走行ラインに興味が湧いたようだ。オペラハウスの駐車場の入り口の段差の走り方も問題だと言っている。高速で下ってきて、腰を浮かせて膝で衝撃を吸収する走りでクリアしたほうがいいとアドバイスした。

 

3人で下って行ってバイクを引き上げるように抜重して膝でショックを吸収するやり方の見本を見せた。20本ぐらいチャレンジして2人は納得したようだ。26インチホイールは急速なスピードダウンはスリップしやすのだ。スリッピーな公園内の高速コーナーもバイクをあまり倒し込まないで、大きいアールで曲がったほうが安全だ。

 

集団走行での問題は目の前に選手がいると、オペラハウスへ下る坂の先にある、駐車場の車の速度を落させる巨大なかまぼこ舗装が見えにくく、抜重のタイミングを取りにくいことだ。前を走る選手に急にスピードダウンされても追突の原因になるので、下り区間は意識的に間隔を開けたほうがいいと伝えた。

 

60kmから70km出ているので、相当手前からスピードコントロールして抜重するか、タイミングよく3mくらい飛んでしまうかの判断になる。低く遠くへ飛ぶジャンプは普段から遊びでやっておくといい。ミスれば転倒か前輪を潰してしまうリスクがある。シャンのバイクのボトル台座の取り付けを頼まれたので、ホテルまで一緒に走って取り付け作業をした。2人のバイクを部屋に置いて、今度はレストランで美味しいオーストラリア産の1ポンドの和牛ステーキを食べさせてもらった。

 

この大会からパンクなどのトラブルは、選手救済のために予備ホイールの設置が許されているのだ。集団からはちぎれるがリタイヤはなくなる。ホイール交換は選手自身が行うので、日本チームはスプロケットを11段位統一して、予備ホイールエリアには日の丸のカードをスポークに挟んで置いて預けた。ではでは。