クマさんのバイク専科

楕円ピストンエンジンの幻のGPバイク

まるでレーシングバイクに片足の簡易スタンドと、ウインカーを点けて市内を走れるようにしたバイクが市販されていた、バブリーなオートバイブームがあったことを覚えていますか。ホンダもヤマハもスズキも、200万円オーバーのそういう高価なバイクが売れていました。ひと転びなん十万円バイクと呼ばれていました。僕はオートバイに純粋に都内で最速の移動手段ということしか求めていなかったので、高速に乗れて、フルスロットルで150kmくらいまでは出るし、幅がなく、渋滞の真ん中を走りやすい、低速でトルクがある4サイクル単気筒のカワサキのZ200というバイクを選んでいました。

 

重量も軽くて振り回しやすいし、特別、気を使うところもないので、手入れはいつもバイク屋さんへお任せでした。よく乗っていたのでチェーン交換やオイル交換、吸排気系のクリーニング、スプロケット交換、ブレーキパッド交換、タイヤ交換は、全くお任せでした。レーシングバイクのようなバイクはかっこいいけど、メンテナンスが半端ないので、僕には合わないなと思っていました。エンジンパワーもすごくて、スピードも出るしスズキのRG ガンマや、ヤマハのSR

の性能は衝撃的で、手の届きそうな価格帯でした。

 

ホンダが出したVTよりもっと究極なのがNRでした。乗った瞬間にただ事じゃないなと感じました。スロットルをひねって、クラッチミートしようとしましたが、エンジンはレスポンス良く軽く回転が上がるのですが、下のトルクがなくストールしました。ちょっと恥ずかしかった。なるほどふかし気味じゃないと前へ進まないとわかりました。あっという間に5000回転まで上がります。メーターには冗談でしょという数値まで刻まれています。Z200なら5000回転でも、もうちょっとでリミットという回転数です。

 

トップギヤでスロットルをひねると、前輪が軽々と浮いてまだまだ加速して行きそうでした。普通のバイクの3倍くらいの回転数のところにピークパワーになるエンジン特性のようです。これは街中では扱いきれないと思いました。実戦投入モデルは2万4000回転から上を使っていると説明されました。マルチシリンダーの高回転のハイパワーバイクで、アルミ合金、チタン合金、マグネシウム合金、カーボンパーツが採用されて、乾燥重量は極端に軽量化されていました。そんなバイクが市販されてしばらくすると、ヤマハのデザインが大人し目のバイクが市販され、編集部に出入りしている女性ライダーが乗り始めました。

 

その新車に乗せてくれるというので、僕のZ200と乗り比べになりました。ヤマハの新車は全く下のトルクがありません、スタートでエンジンインストールさせてしまいました。かっこ悪すぎ。倉庫街を60kmくらいで走っていてもギヤを選ばないとストールさせそうでした。Z200に乗った彼女は低速域での扱いやすさに驚いていました。その頃、ホンダのマルチシリンダーバイクはシリンダー数の規制を受けることを避けるために、楕円ピストンが話題になていました。小判形のピストンのエンジンが開発されて、鈴鹿サーキットで試驗走行が始まっていると噂され、GPレースへ向けて開発のステプを踏んでいました。

 

VTもNRもリキッドクーリングのために小型のラジエーターが付けられていました。楕円ピストンの新型エンジンは隣のシリンダーの熱を逃がすことが難しいという課題が発生していたようです。サーキット貸切の試験走行は続けられていました。数周回ってはパドックへ戻るという姿が見られて、パドックでメンテナンスしてはリスタートしていきます。これは10周以上続けて回っていると思ったら、真円ピストンの去年のグランプリバイクの2秒から3秒落ちという惨憺たる有様でした。

 

一向にスピードが上がらない感じで、煙が上がったと思ったら、かちかち山じゃないけど、テストライダーが体を起こしてスピードをおとして、危険を感じて燃料カットしてエンジンを止めて、シャラシャラチェーンの音をさせて空走してパドックへ戻ってきました。しばらくして鈴鹿サーキットで次年度GPバイクのプレス発表会がありました。GPライダーたちが試乗を始めました。ところが予定周回数を走らないうちにパドック入りです。しまいには白煙を吐いて帰ってくるバイクも発生しました。カメラマンは予定していた写真を撮れていません。

 

いよいよ広報担当が顔色を変え始めました、目の前で起こっていることが信じられないようです。楕円ピストンの真っ白なカウリングのモデルも、スポンサーカラーに塗られた楕円ピストンモデルも、どう見ても不調なようです。それまでの公開されていなかったテストでは、オーバーヒート気味だったけど、タイムが出ていたらしく、GP開幕戦へのプレス発表へ踏み切ったというわけです。ところが旧型は元気に走っているのに、肝心の新型が白煙を上げているのですからドヨーンとした雰囲気になりました。

 

新旧のGPバイクをパドック前に並べたフォトセッションは、キャンギャルも並んで盛り上がっていました。開発担当主査がプレスからの質問に答えて楕円ピストンエンジンの優位性について、大いに語っていました。エンジンのカットサンプルや楕円ピストンの現物ではなく、概念図や、楕円ピストンの圧縮から,点火燃焼の模様が展示されていました。走る前が華やかだっただけに、パドック内への侵入撮影禁止、GPライダーとのフォトセッションの中止や、インタビュー禁止がただ事ではないことを物語っていました。

 

テストと改良が繰り返されて、シーズンが開幕しても続いていましたが、回転計には3万回転まで刻まれていて、実際に2万4000回転以上まで使って走っていると言っていましたが、エンジンの放熱はうまくいかず。レーシングディスタンスのテストでは白煙が上がっていました。2年目に入っても楕円ピストンエンジンは成績を出せず。お蔵入りの運命を辿りました。ホンダはそんなことありましたっけという対応になりました。楕円ピストンエンジンは消え去りました。ところが、あるオートバイ雑誌の編集部にタレコミがありました。

 

私は幻の楕円ピストンを持っているというのです。出どこを明かさないでいいなら見せてもいいというので、編集部員とカメラマンが派遣されて撮影すると本物でした。鍛造アルミのピストンはシリンダーと擦れる特殊構造のピストンリング類は外されていました。この写真はスクープとなりました。というよりメーカーがざわつきました。あってはならない企業秘密漏れで、どのルートで手に入れたのか、手に入れて公開したのは誰なのか、その情報を質問してきましたし、広告出校停止というプレッシャーもかけてきたようです。

 

さらに担当編集部員と撮影担当のカメラマンには、メーカーが派遣した調査員が自宅から張り付いて1ヶ月以上も尾行され続けたたそうです。カメラマンと一緒にテクテク歩いていつもの焼肉屋さんへ行くと、確かに長玉のカメラを持った、それらしい人が2人付いてきました。尾行は本当でした。「今晩は、どなたでしたっけ」と言ってこいよと酔っ払った先輩が言うので、席を立って外で待っている2人組へ挨拶に行くと、先輩がご挨拶してこいと言うので来ましたと告げると、さすがは一流企業、有名な調査・探偵社の名刺を渡されました。僕も編集部の名刺をお返ししました。

 

先輩カメラマンは、焼肉をつまみながら、落ち着いて飲めやしないと嘆いていましたけど、たっぷり飲んでいましたよ。カメラマンは飲み終わって、僕は焼肉、カルビクッパ、キムチを食べ終わり、会社のガレージに帰り、先輩とシティブルドックに乗って、宝町の料金所へ行き、後ろに付いてくる2人の探偵さんの車を、池袋と新宿の分かれ道までに首都高でぶっちぎって、新宿のうどん屋さんへ移動しました。ホンダのターボ車でぶっちぎられたのだから、彼らも本望でしょう。

ではでは。