ロードレースや51、5kmのトライアスロンのエリートクラスでは、後ろに付いて空気抵抗を減らすドラフティング走行が認められている。ITU(国際トライアスロン連合)が2000年のシドニーオリンピックに向けて、前年のワールドカップ蒲郡大会で、ルールを急に改定したのだ。それまでのUSTSが発祥の51、5kmのトライアスロンでは、ミニバイクに乗ったコースマーシャルが、目視で車間距離を確認してドラフティング走行をチェックして、警告が行われて、パックを解消できないと、その場でペナルティで静止させるタイムペナルティや、バイクからランへのトランジットで違反が言い渡されて失格というルールが適用れていた。
いきなりトップを走っていた選手が失格となったり、コース上で停止しているのが見苦しいという理由があったと思われる。トライアスロンの発祥が、アイアンマンもUSTSも全て自分の力で走りきるというスピリッツで始まっているので、ドラフティング走行も、パンク修理も、全て自力というルールだったのだ。それまでのスタンダードなDHバー装備が オーケーだったのが、ブレーキレバーのブラケットからはみ出さない長さに制限された。いきなりのドラフティング許可レースになったのだから、レースは一変する。スイムが速い選手が有利だとか言われたり、選手だけでなく、指導者も試行錯誤が始まる。そこで、大きな勘違いが起こる。スイムの上位で上がり、先頭交代して集団から逃げ切るという作戦が、有効とか逃げる行為が勇気があるというものだった。
バイクの集団走行の力を知らないコーチや選手はそれを信じて逃げが評価されたのだ。1500mのスイムでの差は、スイムの速度差は小さい、トップ選手から、追走集団との差はタイム差にして1分以内、大きくても2分だ。これで平坦な周回コースを逃げ切れると思っているのだから、全くの勘違いだ。ロードレース経験も、サーキットレースも、クリテリウムも経験がないアスリートやコーチでは仕方がないが、集団走行でのトレーニング経験があればわかると思うのだが、しばらくの間は少人数での逃げが積極的と評価されていた。追う集団がその気になったときのエネルギーの大きさを知らないのだ。
先頭集団が五人だったとしよう。逃げようよという意思統一がしやすい人数だ。維持できる速度は47kmだとしよう。1分くらいの間隔で先頭交代して、乳酸を蓄積しながら走ることになる。50人くらいの追走集団との差は2分だとしよう。バイクの走行距離は40km。男子は40分台で走りきる。追走集団は時速50kmで追い詰めてくる。平坦のイージーコースほど集団の速度は速くなる。先頭に出て引いているのは10人から15人くらいで分担している。実際の戦いは逃げる5人対、10人から15人ということになる。追走集団は時として時速60kmに到達する。
追走集団に弾みが付いたら手をつけられない、確実にバイクフィニッシュで追いつかれる。しかも、ベテランになれば、追走集団のスピードをコントロールして、最終周回で追いつくようにマネージメントするようになってくる。逃げた選手たちは脚を使い切ってのフィニッシュになるので、ランをフレッシュな状態ではスタートできない。負担が少ない分だけ、先頭集団の選手よりフレッシュな状態でランの10kmをスタートできるのだ。バイクのフィニッシュは同じように見えるのだが、実は体力の削られ方は全く違うのだ。少人数の先頭グループ逃げに参加した選手に勝ち目は無くなる。
スイムを上位でフィニッシュして、先頭集団でバイクを走り、大健闘しているように見えるので、スイマー出身の選手がしばらくはもてはやされた。実はドラフティングレースは少人数で逃げると負けなのだ。1年くらいは選手もコーチも気がつかないのだ。そして、もっと大きな勘違いも起こっていた。バイクで集団で一緒にフィニッシュしているから選手の力にそう差がないという勘違いだ。見た目は確かにその通りだが、バイクの力が無い選手は削られているのだ。日本人選手で個人タイムトライアルを、時速50kmをキープできる選手はいない。LSDトレーニングで時速30kmから35kmで走れる心肺機能レベルの選手もいない。
脚にダメージを受けた選手がランを走れば、スタートで調子に乗れないし、10kmのランの持ちタイムを30分台を持っていても、32分や33分台に沈んでしまう。コーチも選手もランの力が足りないとランの強化に取り組んでいた。でも、よく考えればバイクの力が足りないのだ。オリンピックチャンピオンクラスの選手は、トライアスロン中のランの持ちタイムは29分50秒台だ。ランの持ちタイムは27分台から28分台だ。確かに陸上選手としてもそこそこのタイムだ。と同時にバイクの選手として、集団の中で余裕で走っていることを、もっと重視しなければいけないのでは。
日本人選手はバイクは速いという人もいる。だけど、最後まで先頭を引けて、脚を残せている選手がいたろうか。余裕で付いている選手と、乳酸を大量に発生させて、高いレベルの有酸素運動と、高いレベルの無酸素運動でバイクで高速走行するのとでは全く走りのレベルが違います。途中でいくら頑張って先頭に出てアピールしてももダメですからね。集団走行のドラフティング走行では、当然空気抵抗が注目されます。後ろに1mから2mに付いて走れば10%くらいの差を無くすことができると言われている。確かに直線走行ならその通りだろう。追走集団の先頭の10人から15人はそうやって疲労を分散して走っていた。
ところが、追走集団の中ばから後半の選手は、空気抵抗は避けられたが、コースは直線ばかりでなく、直角コーナーが周回コースにはある。コーナー手前でスピードが落ちて、コーナを抜けた選手が速度を戻すために加速するので、追走集団の後半はコーナーごとにゴム紐状態になるのだ。コーナーへ入る手前にブレーキングして、コーナーを抜けてから加速するということを、集団の選手の人数分だけ、ストップアンドゴーが繰り返されるのだ。
一人はコーナーで0、5秒ロスしたとすれば、約1秒間に12m進んでいれば、コーナーから出た時には6m差になる。これをコーナーの数だけ追い上げることになって、脚を使うことになる。5箇所で5周あったら25回脚を使いダメージを蓄積するのだ。追走集団の先頭は早く走れるラインをキープできるが、中盤から後半の選手はこういうところがきついのだ。空気抵抗だけじゃ無いんだ。日本選手権へ向けて、男子と女子のトップアスリートとトレーニングしていて、バイクを重点的に強化したことがある。男子は平坦コースの後半で、トップ集団から抜け出して、ランも逃げ切って優勝した。女子はワールドカップ13戦で8大会でバイクスプリット1位で、上位入賞数回で、世界ランキング8位を獲得した。ドラフティングレースになった51、5kmトライアスロンを解析して、何が重要なのかを強化に生かす必要がある。ではでは。