クマさんのバイク専科

35年前、ドーピングは横行していました!

ヨーロッパでプロチームをマネージメントスタッフとして運営していると、レースへの参加の招待とか色々なオファーが舞い込みます。その中にドーピングを請け負うドクターと製薬会社のスタッフというお客さんもすり寄ってきます。他チームが契約しているという噂のスポーツドクターと製薬会社や薬品卸の関係者と名乗るブローカーさんたちは、実際に選手に投薬して成果を上げているという資料を持ってミーティングの場所にやってきます。

 

もっとも古い手法はカフェインの投与でしたが、今ではファフェインはドーピングの禁止薬物リストから外されています。時代によって禁止薬物も変化していくみたいですが、団体によって少し違うみたいですが、膨大な種類の薬品がリストアップされています。反面、トップアスリートがドーピングチェックに引っかかる治療薬を使えなくなって、カゼやなどの治療を薬でできなくなっているという問題も発生しています。フィンランドの長距離陸上選手が行った、フレッシュな血液を保存しておいて、ここぞという時に輸血して疲労回復させたり、赤血球数を増やして心肺機能を高める、血液ドーピングが注目されました。

 

血液を成分分解して赤血球など必要な部分だけを保存しておいて輸血する手法も採用されました。興奮剤の投与による単純なドーピング。呼吸数や心拍数など交感神経や副交感神経に作用する薬の投与によるドーピング。エリスロポエチンやダーベポエチンの投与による赤血球を増加させるドーピング。高地トレーニングとエリスロポエチンの投与によるハイブリッドドーピングなど心肺機能を向上させる手法が持久系スポーツの主流です。スプリント系スポーツには筋力増強の投与が長期に渡って継続的に行われ、利尿剤による薬物の排出、ドーピングをマスキングするシステムもあるそうです。

 

筋力増強剤などホルモン投与によるドーピング。巧妙なのは喘息治療薬による筋力増強作用を合法的に行うための、危険度の高い喘息であることを証明する専門医が発行する診断書の作成も噂されていました。IOCやUCIなど競技団体への、治療薬の使用許可の申告までを請け負うというものでした。なんとプロフェショナルの世界のダークな話しでしょう。現場で実施しているドクターやプロパーの話しを聞いてみて、自転車競技を仕切っている競技団体と主催者の検査態勢のお粗末さといたちごっこ的な状況を説明され、ドーピングの広がりがあることに驚愕しました。

 

ヨーロッパのチームと契約して走っている日本人選手からの毎週の報告を聞いていましたが、個人的にやっているだけでなく、ここまで組織的にドーピングが行われていて、トップチームが丸ごと疑われたり、レース後の採尿によるドーピングチェックや、早朝に行われる抜き打ちの血液検査で発覚したりすることがあるので、これは相当根深い状況だなとは思っていました。3ヶ月、計画的に取り組んだハードなトレーニングで獲得したパフォーマンスアップを、ドーピングしたチームメートがたった2週間のトレーニングで心肺機能が向上してパフォーマンスが上回っていき、クラシックレースのメンバーに選ばれていくのを体験して、走るのが虚しくなったことがあると、その選手は告白していました。

 

ドーピングなんかしないでヨーロッパで戦おうと覚悟はしていたけど、なんでこんなダークな世界の話を、時間を使ってドクターや製薬会社のプロパーから聞いて、効果や副作用を解説されていたかというと、当時はIOCもUCIのドーピングチェックの態勢や検出装置も整っていませんでした。アジアにおいてはIOCの公認のドーピング検査のラボが、日本の板橋の三菱油化しかない時期があって、そこへアジアの競技開催国から一人あたり2つの容器に入った検体が送られて、検査されるので、検査費用が約1検体5万円、それに輸送費用がかかるわけです。

 

ひどい場合は、費用がかかることから、その場で主催者によって破棄されるなどの事件も起きているし、自国有利にドーピングチェックを運営することもできるので、国際的には日本のラボ以外は信用されていませんでした。中国や韓国やロシアでの夏季や冬季のオリンピックもIOCがスタッフを派遣してドーピング検査ラボを運営したり、日本の検査機関に業務委託していました。しかし、20年前の日本のスポーツドクターのドーピングに関する知識も限定的でした。ロードレースの現場ではチームも選手もモラルハザードが低く、ほぼドーピングが野放し状態でした。地方のクリテリウムですらアンフェタミンを投与して走る選手がいたほど、競技主催者のチェック態勢がなめられていました。

 

どんな場面でどういうドーピングをして、彼らがどんなパフォーマンスになるのか、日本で手に入らない詳細な現場の情報を、ドーピングを組織的に提供している側から、少しでも聞いておこうと思ったからです。現在はランスの事件がきっかけになって、UCIの検査業務の改革が行われました。UCIにより、尿検査も、血液検査もかなり厳しくチェックされるようになったし、アマプロオープンのオリンピック後のメダリストや入賞者への居場所の登録や追跡調査も行われるようになったので、ナチュラルで走っている日本人選手の力が通じるようになっている気がします。

 

だけど、厳しくなってもドーピングをしている選手はいるので、競技が終わってセレモニーも終わって、ドーピングチェック後の何日後や、何年も経過して検出方法が進化して保存しておいた台検体で再検査したところドーピング違反が判明して、メダリストが入れ替わったり、ドーピング違反が指摘された選手が再検査を求めたり、処分撤回や軽減の裁判を開始したりなど揉め事は絶えません。優勝や記録が取り消しになったり、ツールドフランスの空白の7年間は、記録的にはどうにか埋められても、あの感動の激走シーンはなんだったのか、選手の体も心も心配だし、順位が入れ替わるなど、気持ちがスカッとしませんよね。ではでは。