クマさんのバイク専科

ブルックスの革と樹脂のサドル:パート2

英国製の自転車パーツなんて珍しいですけど、日本のスポーツバイクの歴史はインチ表示です。
英国の自転車の規格をJIS規格のハンガーのネジに採用した事でも分かるように、強い影響を受けています。
昭和30年代にあった中間層や富裕層のスポーツ車ブーム、
サイクリングブームはまさに英国風自転車が最先端モデルでした。
 
イタリアンやフランスのロードレーサーが、日本のスポーツバイクの市場は、この方向へ行くのではと認識されたのは、
64年の東京オリンピックで日本人がチネリやビアンキやレニャーノやマジー、フランスのプジョーを見てからの話しです。
日本の自転車メーカーも日本選手に供給したり、ニュートラルの代車を用意するために、
片倉シルクなども国産ロードレーサーを開発していましたが、世の中の流れ的に最先端のひと達のサイクリング車は、
平坦なフィールドの英国でロードレーサーに相当するクラブマンでした。
フロントシングルで後輪のハブに内装タイプの変速機が組み込まれていました。
 
その後、自転車産業を発展させるため、通産省や自転車振興会の補助金事業で、英国車を経験していた担当者が、
手作りフランス車やパーツなど、見本のスポーツ車の輸入が行われ、
キャンピング、ランドナー、スポールティーフ、クルスルート(ロードレーサー)など
外装変速機付きの自転車が、日本の業界に紹介されて、
60年代にランドナーやキャンピング車のフランス車のイメージが普及します。
 
その前は、内装ハブはシンプルなモデルで3段変速、複雑なモデルでは5段変速などというモデルもありましたが、
ハブのボディ内に複雑なギヤが組み込まれていて、消耗したギヤの交換など、
ビンテージバイクのメンテナンスにチャレンジした事がありますが、
細かいスモールパーツを手に入れる必要がああって、メンテナンスの手順はかなり複雑でした。
 
内装ハブの後期のモデルは、3段とか4段の外装変速システムと、3段の内装ハブと一体化させて、9段変速や12段変速を実現したものもありました。
小型軽量化されたスポーツモデルの内装変速ハブは、当時かなり高価な輸入品だったという話を聞いたことがあります。
内装変速ハブの製造メーカーはBSAという英国の銃器製造メーカーや、スターメーアーチャーというブランドだったと思います。
金属の鍛造や精密切削加工などに長けていたので、内装変速ハブの製造に関わっていたのでしょう。
 
そんな60年代までの自転車には革サドルが定番で付いていました。
あの石ころのような革サドルにレザーオイルを塗って慣らして使っていたわけです。
東京オリンピックに持ち込まれたイタリアやフランスのロードレーサーも、もちろん革サドルが付いていました。
ところが当時の写真をよく見ると、ストック状態のブルックスのプロフェショナルでもないし、イデアルの90でもありません。
 
スチール製のレールは短くカットされているし、革は高さが低く、スカートの部分で短くカットされています。
銅鋲は500円玉くらいの面積がある大銅鋲で革をフレームへ止めています。
どこのブランドかと調べるとブルックスやイデアルの革サドルで、専門のサドルを張り替える業者がいたそうで、
その工房へこれから使うサドルを預けて、銅鋲を外して革のなめしや、オイルド加工をしてもらい、
しなやかにして慣らしを終えてから、低いレールのフレームに張り直してもらうのです。
そのときに革を傷めないように、面積の大きい大銅鋲を使い、木槌で叩いてサドルの面に合わせて止めるのだそうです。
 
長年使った革サドルで、革が伸び切った状態になっても、座骨や股関節の内側に微妙に変形して馴染んだサドルを、
継続して使いたい選手がそういう張り替えてくれる工房へ持ち込んで、
先端をカットして張り替えたり、スカート部分をカットしたりの加工を施したサドルも使われていました。
慣れが出たサドルはとても大事にされていたそうです。
 
ブルックスは革サドルを現在も生産していますが、フランスの革サドルで有名だったイデアルのサドルは消滅してしまいました。
ブルックスはプラスチック製のサドルも手がけたことがありますが、やはり主要な製品は現在も革サドルです。
そんなブルックスのサドルの中の上位モデルに樹脂製サドルがあります。
革サドルの慣らしたものと同じフィーリングを実現しようとしたモデルで、
樹脂の中に補強の繊維を入れて、一枚革のような構造でスチール製のベースに鋲で固定されています。
 
お尻を乗せる後ろの部分はかなり広く、先端へ向かって絞り込まれています。
どんなものかと手に入れて、春先から真夏まで試乗してみました。
寒い春先は少し固めでしたが、真夏には樹脂がかなり柔らかくなりました。
なるほど、革サドルに脂をしみ込ませて慣らした状態に近いなと思いました。
座骨が当たる部分もへこんできて馴染む感じがありました。
サドルの表面は樹脂むき出しで、革が張られているわけではないので、バイクパンツとの馴染みは少し滑る感じがあります。
 
ざらざらに表面加工された樹脂製のサドルの手入れは不要で、雨に濡れてもふき取るだけでOKです。
へたってきたらベースの金具を回して張りを調整できるのはまるで革サドルのようです。
最近のブルックスの革サドルは、B17プロフェッショナルなどの一枚革の上位モデルと、
サイドカットしたスワロー、合わせ革のモデルなどバラエティがあります。
いずれもレザーオイルをしみ込ませて柔らかくして、お尻の形や骨の形に合うようになるまで、
走り込みながら馴染むのを待つ事になります。
 
30年前のブルックスの革サドルを倉庫からみつけてきて、オブジェとして仕事部屋へ飾りました。
現在のブルックスと比較すると、小さな銅鋲でフレームに張られていて、
スカートの部分はしっかり時間をかけて絞り込まれていて、レールにぴったりくっ付いています。
昔は時間をかけて革サドルを作っていたんですね。
革も繊維の密度が高くてしっかりした厚みがあり、まるで石ころのように硬い状態でした。
オールドスタイルで味はありますし、ノスタルジーも感じます。
でも、雨の後の手入れとか、タイミング良くオイルを塗るなど、慣らして使う気にはなりません。
 
 
 
ブルックスのレザーオイルは臭いが強烈なので、ミンクオイルをしみ込ませるとツヤや革の柔軟性が復活しました。
でも、このクラシックな石ころに股がって慣らすつもりはありません。
だって、70年代に入ってプラスチックベースのサドルが増えて、
今では形状もパッドの素材も表面に張られる革も進化して、
レールはカーボン、チタン、アルミもあって軽量化され、サドルの種類も200種類ぐらいあって、
使ったその日から快適に走れるモデルがありますから。ではでは。