クマさんのバイク専科

冬のオリンピックのリュージュの開発!

 

カーボンファイバー(炭素繊維)の成型品の軽さと強度に優れた特性は確かに夢の新素材でした。ショック吸収性がいいとか、適度なしなりがあって踏んでも疲れにくいなど、軽さや強度だけでなく、素材の振動減衰性能も注目されています。開発や設計段階のシミュレーション技術が進化しているので、カーボンファイバーの繊維方向や重ねる数、断面形状、スケルトンなどのフレームの要素のデータを投入して、ほぼバイクの方向性を決定することができるようになっています。

 

カーボンファイバーの成型方法も進化して、自由自在になったなと思っていました。ところが色々な究極の場面で、天然素材の特性が見直されていることを知りました。リュージュ、競技スキー板のコア材、自転車のリムに採用されています。まるでローテクのように思える木材ですけど、セルロース繊維がからんだ天然素材の木材の振動減衰性をなめてはいけません。研究結果からカーボン繊維の数倍の振動減衰性があることが分かってきました。ただし木材で作った構造物は剛性や強度ではカーボンの成型品に遥かにかないません。

 

人間が作り出した化学繊維のカーボンファイバーの成型品は、炭素繊維の耐静荷重は驚異的で、成型品は強度とか剛性とか軽さに優れていて、もちろんショックや微振動を吸収する振動減衰性も注目されています。自転車の世界ではフレーム、フロントフォーク、コンポーネントパーツに採用されています。スチール製のフレームやフロントフォークが2300gくらいなのに対し、カーボン製のセミモノコック構造なら、1000g前後の重量で同等以上の剛性を確保しています。

 

ところが、そんなカーボン繊維でも天然素材の木材の方が、特性が優れている面があります。その突出しているファクターが振動減衰性です。素材が振動を吸収して打ち消す特性のことです。振動減衰性に関して自転車業界で注目されているのはやはりカーボン繊維の成型品です。フレームやフロントフォーク、カーボンパーツの素材のカーボンファイバーリンフォースプラスチック(CFRP)の何倍もの振動減衰性能を天然素材の木材は発揮します。

 

木は昔のゴルフシャフト、ボート、大型木造船、カヌー、ヨット、船の甲板、パドル、オール、スキーのストック、スキー、サーフボードなど色々な素材に採用されていました。数年前に知ったのはレーシングスキーのコア素材です、スキーの板はカーボンやグラスファイバーなどの化学繊維が素材として全盛になりました。カーボンファイバーだけでなく、重ねる化学繊維の中に振動減衰性の優れた防弾チョッキ素材や折り畳みクリンチャータイヤのビードワイヤーにもなるケブラーも積層されていました。

 

ちなみに振動減衰性が高く、引っぱり強度がスチールより高い、軽量なケブラー繊維の「ケブラー」とはデュポン社の商標登録名で、ナイロンなどのアラミド繊維の一種です。F超音速で飛ぶ戦闘機や亞音速で飛ぶ哨戒機などの、先端やレーダードームなどには、軽量性と強度と電波が通ることから、ハニカム状のノーメックス(ケブラー)ドームが採用されていました。

 

当然そういう化学繊維の積層と樹脂で固められてスキー板が作られていると思っていました。ところが、スキーの板の内部構造を示すイラストレーションは、思っていたより複雑でした。特にスキーブーツを固定するビンディングの周辺は複雑な構造です。ノーメックス(ケブラー)のハニカムなどが埋め込まれましたが、トップ選手が使う究極の手作りレーシングスキーは、コアに木材が埋め込まれていました。スキーメーカーが長年もストックしている厳選された木材がコアに採用されているのです。昔のスキー板はヒッコリーなどの一枚板や合板で作っていたそうです。

 

最新の究極の競技スキーはカーボン繊維やアラミド系のケブラー繊維の成型品ですが、コアにはメーカーが特別に用意した木材が封じ込められています。そのコア材の寿命が競技スキーの寿命と言われています。振動減衰性を発揮して、雪の斜面へいかにスキー板を密着させて滑らせるかがコア材の役割だそうです。究極の性能を発揮できるのはダウンヒルスキーで数回だそうです。

 

冬のオリンピック種目になっているリュージュは、小さな木製のソリに、人が上向きに乗ってポジション移動してコース取りをコントロールして、氷を張り付けたコースのレコードラインをなるべくキープして、高速で滑り降りる競技だ。日本では超マイナーで特殊な競技と言えます。本格的な競技人口は200人以下じゃないかな。氷を張ったコースの管理にお金がかかるので、思う存分トレーニングできる環境でもありません。日本に常設コースはあるのかな。それでもリュージュで頑張っている選手はいて、ソリの改良に情熱を注いでいるひと達がいます。

 

日本のレーシングカー用品を作っている、カーボン繊維成型を扱っている工房の匠が、ハンドレイアップでリュージュを成型して、オートクレーブの炉で焼き上げたソリにチャレンジしていました。でも最新技術のカーボン繊維成型をいくら取り入れてソリを製作しても、これは成功しないなという感触がありました。それはイタリア製のジョバン二の木リムホイールの組み立てや走行の経験があったからです。アマンダスポーツの千葉洋三さんの設計で、20mm×20mmの断面形状で重量は1本400gの木リムの素材は、イタリアの比較的密度が高いブナ材です。

 

氷の路面はデコボコで、ソリのブレードが2本接触して、氷とブレードの間に水の層を作って滑っているわけです。スキーと一緒で雪に接触している時間が長いほど、よく滑ってスピードが上がります。つまり、デコボコのある氷の面とソリのブレードがより接地するようにしないと滑るソリになりません。そこで問題になるのがソリの振動減衰性です。しなやかにしなってショックを吸収して、ブレードを氷に接触させることが重要なことなのです。カーボン繊維で成型されたソリは、軽くて剛性が高く、いかにも高性能なイメージでしたが、日本のトップ選手が乗ってもタイムが上がらないばかりか、体重移動によるコントロールも効きにくいし、振動により接地感もスポイルされてフィーリングも良くないそうです。木製のリュージュのしなりや振動減衰性が体にぴったりくると、結局はカーボン製のリュージュは採用されることなく開発は終わりました。

 

セルロースの繊維が絡み合った天然素材の木材の振動減衰性の高さは、カーボンファイバーの7倍くらいあるようです。強度を高くできる化学繊維の成型品は、競技で求められる特性と、もっとも重要な部分で性能がずれていました。化学繊維が天然繊維に特性で負けることもあるのです。でも、よく考えて見たら自然や天然というものは偉大です。だって、いくら科学や化学が発達進化しても、虫の大きさで、飛べて、判断して、食べ物を消化吸収して、寿命を全うするものを作れるでしょうか。そこを考えれば自然や天然の素材の特性の見直しも必要なのかも。ちなみに今日は木リムをアマンダスポーツで手に入れるのと、36ホールのカンパニョーロの旧型ハブを手に入れるために、東京へ行ってきました。1年ぶりに千葉さんご夫妻と会うことができました。千葉洋三さんは、強度的にダメかもしれないけどと前置きして、またもや新しい180gというカーボン&バルサの超軽量リムの前輪にチャレンジしていました。ではでは。