クマさんのバイク専科

プレースキック合戦!

せっかくのラグビーブームが、トップリーグ休止で熱も冷めてしぼんでいく。日本のプロリーグ化は難しくなっている。ラグビーで飛び道具と言えばキックで、自分でボールを持って前へ進む以外、唯一ボールを前へ運べるプレーだ。陣地の取り合いで正確なロングキックは重要だ。50m以上のキックを受け止めて、相手が迫ってくる中で体勢が苦しくても、モーションの大きいロングキックで返さないと、陣地を奪われて不利になる。キックのたびに攻守が入れ替わるので、フォアードもバックスも、オフサイドラインを見極めてプレーしないとペナルティになる。

 

キックした選手より前にいた選手はオフサイドプレーヤーだ。キックした選手とその後ろにいた選手しか、ボールに向かってプレーできない。オフサイドプレーヤーは、ボールをキャッチした敵チームのプレーヤーから10ヤード(9m)離れていないと、オフサイドを取られる。キャッチしたプレーヤーが5ヤード動かないと、オフサイドは解消されない。持ちろんオンサイドプレーヤーはタックルにいけます。

 

トライを奪った後や、ペナルティをもらった時に、地面にボールを立ててゴールへ向かって蹴るのがプレースキックだ。キックには単純に蹴返す陣取り合戦のキックもあるし、タッチを狙って蹴るキックもあるし、高度なプレーとしてはバックスのトライに繋がるキックパスがある。いいキックをしてもらうと、よしいいぞとチーム全体が励まされて、ガラリとムードが変わることがある。それだけにキッカーにはプレッシャーがかかるのだ。

 

早稲田の伝説のスクラムハーフの宿沢さんが得意だったのは、89からのスクラムサイドからのハイパントだった。相手の後ろの10mくらいの地点へ向けて、25mくらいの高さまでボールを蹴り上げるのだ。キックした時からボールが落ちてくるまでに前進してキャッチするか、キャッチした相手にタックルして、ボールを支配するまでが勝負だ。

 

相手フォアードはスクラムをブレイクして後ろへ下がりながらプレーすることになる。当然、追いかける方のプレーの方がインパクトが強く、防戦するのが難しい、相手にとって嫌なプレーだ。これを繰り返しやられると、スクラムをブレイクすると空を見上げてボールの行く先を見て、後退してボールの奪い合いをして、攻められている時間が長くて肉体も気持ちも疲れてくる。

 

89とはラグビーのポジションを表す数字で、8はスクラムの一番後ろにいるナンバーエイトのこと。9とはスクラムからボールをッ拾い上げて、バックスへパスして供給するハーフのことだ。ナンバーエイトがボールを拾い上げて、スクラムから離れたハーフにパスして、ディフェンスがダッシュしてくる時間を稼ぐのだ。ナンバーエイトがボールを拾い上げた瞬間に、オフサイドが解除されて、相手の左右のサイドローがスクラムを離れてダッシュしてタックルに来るのだ。89の場合はナンバーエイトが囮になってディフェンスを一人止めて、ハーフが自由にプレイできる時間を作るのだ。

 

バックスへのパスは早いが、キックはモーションが大きいので、ギリギリディフェンスが絡んで来ることがある。キックしている選手の前に立ちふさがり、勇気のいるプレーとして、ラグビーのルールの中では、唯一ボールを体に当てて、前にこぼしていいのがチャージというプレーだ。ノックオンにならないので、キックを失敗するとえらいことになる。

 

ラグビー部の相場として、スクラムを組んで肉弾戦をするフォワードと、ボールをパスしたりキックしたりの花形に思えるバックスは仲が悪い。タックルしたり、モールやラックでせっかく奪ったボールを、痛い思いをしてボールを奪って、ブレイクしてみたらバックスがボールをパスしている途中でノックオンしやがってとか、試合中ですら揉めることがあるくらいだ。

 

フォアードとバックス合同の、フォーメーションの確認トレーニングを終わると。バックスは早いパス回しとか、ペナルティからのサインプレーの確認をやって、スタンドオフとかフルバックなど、キックの得意な選手が、ハーフからパスを受けて、ハイパントやタッチキックをトレーニングしている。フルバックは最後列のバックスで、陣地を大きく回復させるロングキックの精度を上げるトレーニングに取り組んでいる。

 

右利き、左利き、両足蹴れる選手もいる。チャージかタックルにくる選手がいるから、右に左に避けながらキックすることになるので、チャージしてくる選手の役を引き受けて、キックする選手を真剣に邪魔する。試合中に右利きか左利きかで、狙いを定めてくるので、最初に苦手な側の脚で蹴って見せておけとアドバイスした。フルバックは抜かれた時は最後の砦で勇気あるタックルが期待される、責任感の強い、メンタルも抜群の負けず嫌いが選ばれている。

 

僕は、力仕事のスクラムのトレーニングが大嫌いで、スクラムサイドからのワンプッシュ後の素早いタックルの練習をしていた。それも、何十本やっても集中力が持たないので、10本もこなしたらやめてしまう。この当時は100本タックル、1000本スクラムなどがコーチから求められていた時代だ。監督やコーチから「もう止めるのか」と声がかかる。俺の10本のタックルはこいつらの100本分の気合を入れてやっていると返事していた。太い日体大仕様のタックルマシンを、誰よりも吹き飛ばしていたから、文句は出なくなった。みんなが言われた通りに100本タックルや1000本スクラムをやっていると時間が余る。

 

そこで何をするかというと、ボールをかき集めて、ゴールポストの前に行って、プレースキックをするのだ。20mから30mのキックが得意だった。5mとか10mの短いキックも練習した。スタンドオフが試合でのプレースキックの担当なのだ。こっちが止めないので、彼も意地になって止めないので、ナイター照明が入っても、プレースキック合戦は終わらない。続けて3発入ったら終わりにしようと決めて、どっちが早く入れるかの競争になる。ハーフが空いていると、89のコンビネーションとか、スクラムから出たボールのハイパントを繰り返した。

 

最初は監督もコーチも、スタンドオフやハーフにキックは任せとけばいいんだと言っていた。バックスの連中も冷ややかに、余計なことするなという雰囲気だった。でも、オールブラックスやスプリングボックスのフォアードは走れるし、ロングキックも蹴れるし、ペナルティキックも蹴っている。キックはバックスの専売特許じゃないのが、世界のラグビーの常識なんだ。キッカーは好調ならいいが、タッチキック、プレースキック、ハイパントの位置がズレまくってピンチを招くこともある。何を蹴っても当たらない日もあるし、不思議とチームに伝染する時があるのだ。公式戦でそういう日がやって来た。

 

スタンドオフも、フルバックも、ハーフにもトーナメントの1発勝負のプレッシャーがかかって動きが硬くなっているのだ。キックのタッチは微妙にインパクトがずれてミスキックしているのだ。マジにトレーニングしているけど、思うようなキックができなくてピンチを招いてさらに焦っている。ゴールラインから30m地点でペナルティを獲得した。緊張しているハーフからボールをもぎ取ると、なんでエイトのお前がと真顔で驚いている。サイドラインに立っていたコーチが「何やてるんだ」と声をかけてきた。

 

ゴールラインまで30mもあるから、フォアードの突進のリスタートから前に進めらるけど突破は難しい。ゴールライン前でモールを作ってバックスへ展開するサインプレーも考えた。迷ったのは一瞬だった。今は萎縮して雰囲気が悪いので、確実に点を取った方がみんなを元気にさせるだろう。いつもだったらスタンドオフが蹴っているはずだ。30m、ここからならゴールを狙うに決まっているだろ。

 

コーチは、声にこそ出さないが、お前が蹴るのかよ、という顔をしている。心の中では「失敗したらトライとればいいや」と開き直っていた。審判に「狙います」と告げた。サイドの審判がポールの下へ移動した。ここだよとボールを立てるポイントをカカトで示す審判。その延長線上で下がる分にはどこから蹴ってもいいのだ。公式戦なので、なんだか緊張してきた。彼らはこのプレッシャーにやられているんだなと感じた。側にいる審判に、「公式戦でプレースキックするの初めてなんですよ、緊張するな〜」とぐちると、笑われた。

 

勝手に地面へ穴を掘って、固まるのが嫌だから、ピョンピョン跳ねて挙動不審だ。さっさとボールを立て、ルーティーンも間合いもなく、プレースキック合戦の最後の連続3本のつもりでポンと蹴り入れてやった。こっちは失敗したってキックは素人なんだから「悪い悪い!」と笑い事だ。固まっていたスタンドオフに「参ったか」と声をかけると、「しょうがないやつだな〜」と笑われた。こいつらは今までこういう緊張感を味わっていたんだなと、リスペクトの気持ちが湧いてきた。ではでは。