今日はめずらしく、シゴトが予定通りにはかどり、ムッフッフ。
そして、いつもの自分を見てるような、他人様の、
こんなはずじゃなかったシゴトがみられて、ムッフッフ。
流郷克哉くん。
去年まで日本鋪道チームで走っていて、
その前はリマサンズで走っていた、
日本ではランキング上位のロード選手です。
今年は、フランスのクラブチームに所属して、
今までの選手生活の総決算をする予定です。
そんな彼とはリマサンズからのつきあいで、
今年はできたら、今までで一番成績がでた、
ボクのフレームに乗りたいと、プロポーズをうけたました。
彼の人柄から、できるだけ協力したいと思いましたので、
微力ながらできる限りの応援ということで、
ボクのフレームをサポートすることに。
そんなわけで、3月19日に渡仏するのに、
何とか間に合っったフレームを自分で組み上げるために、
今日つくばへ来たのです。
彼のもくろみでは、2,3時間で組み上げて、
さっさと引き上げて、デートをする予定っだったらしいのですが、
そうは問屋はおろさない、と予定外の事が続発。
極めつけは、予定より5時間くらい遅れて、
ようやく組み上がった自転車を前にして、
自分で組み上げたと自慢していた、
シマノホィールの組み方間違いが発覚。
なんてこった!
完璧に組み上げたと思って、
インプレもかねてガンガンに坂をくだっていた車輪だそうだ。
(命があってよかったね)
本人迷ったあげく、どうしてもフランスへもっていきたい
ホィールだったらしく、デートをキャンセルして、
組み直しの決意。
(彼女かわいそ~に)
ボクは今日は、営業時間終了(21:00)から、
フレーム製作仕事をやる予定にしてたので、
流郷くんも、ボクの横でモクモクと車輪組みなおし。
お互いの作業が終了したのは、12日午前1時すぎ。
流郷くんの、自転車一台組み上げ作業時間、実に13時間。
その後彼は、9時間近く遅刻のデートに、
そそくさと帰っていきました。
さっさと忘れろ自分の失敗、
大いに楽しめ、他人の失敗、ムッフッフ。
あと、今日はエキップアサダのホィールふれ取り、
10数本というシゴトがありました。
ふ~、肩こった。
エキップアサダ。
アサダ監督(現ブリヂストンアンカー監督)が、
現役の頃、リマサンズと契約して、
立ち上げた若手育成のためのチーム。
現在はブリヂストンのサテライトチームとして活動。
ボクはアサダ監督の自転車レースに対する情熱に、
いつもアタマが下がる思いで、
彼の活動に関してボクのできる限りの事を、
協力したいと思ってます。
そんなからみで、今回はチームのホィールのチェックシゴト。
二十本近くあるホィール(すめてボクが組んだモノですが)を
みていくうちに、
「9504 ASADA」というステッカーが、
はってあるホィールがありました。
ボクが組んだギャランティマークで、
95年の4月に組んだということです。
これは、アサダ監督が現役の頃、
彼のために組んだホィールなんでしょうね。
95年というと、引退する一年前のものかな。
96年のオリンピックをめざして、
股関節の血行障害と戦いながら頑張っていた頃かな。
(今のオヨメサンとであったのもこのころなのかな)
なんか、ちょっと、しみじみとその頃を思い浮かべてしまいました。