1991年07月

イタリア就職記 (46 最終回)

P工房で働き続けるのはあきらめましたが、僕のなかでもう少しレースの本場で仕事をしたい希望がりましたので、他の工房もあたるつもりでしたが、出発に前にひいた肺炎一歩手前の風邪に、滞在中もずっと悩まさせられいたので、とにかく一…

イタリア就職記 (45)

2年に一度の輪界のお祭り、ミラノショーが終わりました。 イタリア行きを決めて行動をおこしてから丸一年、僕も目標のひつとに到達した事を感じました。 P工房との契約はとりあえずこのミラノショーまでなので、この先のことを決めな…

イタリア就職記 (44)

ミラノショーでのドジ話をひとつ。 ボクがブースに立っている時、日本からの知人がやってきて、彼がショーを見て回っている間、彼の荷物(ディパック)をあずかることになりました。 イタリアはこそ泥が多いとさんざんいわれていたので…

イタリア就職記 (43)

ミラノショーでの一コマです。 P工房の一番職人と営業マンと通訳の女性です。 ミラノショーは、ヨーロッパを中心に世界中からバイヤーが集まるので、各国語ができる通訳を雇います。 各国語ができる通訳を雇います。 ボクがブースに…

イタリア就職記 (42)

さて、ミラノショーです。 期間はたしか3日間くらいだったと記憶します。 ボクもP工房のブースにたって売り込みをやりました。 P氏は、ボクへのプレゼントだと言って、ボクの作ったカーボン&クロモリロードとMTBを、ブースの正…

イタリア就職記 (41)

すみません、今日は時間がないので、前回とはなんの脈絡もないお話を。 ボクのイタリア滞在で一番記憶にのこったワンショットです。 工房で仕事をしていて、フッと窓をみると、あまりにも綺麗な夕陽が。 おもわず窓にかけより、夕陽を…

イタリア就職記 (40)

こうして、ミラノショーへ出すべきモノができあがり、ボクもP工房のスタッフの一員として、11月のミラノショーへ参加しました。 ミラノショーは当時は二年に一回(現在は毎年)ミラノの国際展示場で開かれる、自転車とモーターバイク…

イタリア就職記 (39)

こうしてボクが作ったフレームに、P氏が最終のカラーリングデザインをしました。 P氏のこういう感性はほんとにすごいと思いました。 つくったものは日本にいた時とかわらないのですが、仕上がってみると、やはり似て非なるモノという…

イタリア就職記 (38)

P氏とはしょっちゅう衝突していましたが、仕事上のことですから、お互いに根を持つことはなかったです。 いいか悪いか、イタリアにいる間、かなり彼と一緒に居る時間がありました。 仕事はもちろん、プライベートでも、一人のボクを不…

イタリア就職記 (37)

ハンマーを投げる職人P氏についてかきますね。 彼は若い頃プロレーサーを目指して、町のクラブに入り毎日レースに明け暮れていたそうです。 その後は、働きながらデザインの夜間学校に通い、とにかくデザイナーになりたかったそうです…